自己紹介
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こうして、この場に立てるようになるまで温かく支えてくれた妻、転職して、この業界へ進むことを応援してくれた私の両親、妻の両親に感謝しています。
私が、こうしてカイロプラクティックの道へ進んだのは、小学校時代の出来事に由来します。
その当時、何をしたのか憶えていませんが、ある日から「首がだるくてじっとしていられない」ということが起こりました。
心配した両親が、外科・接骨院・整体等連れて行ってくれましたが、「治らない」「原因が分からない」さらには、「そんなもんは癖みたいもの、やめさせなさい、首の固定でもするか!」ときつく言われたことを、昔のことをあまり憶えていない私でも憶えています。
しかし首がだるい…そんな時母が人の紹介で連れて行ってくれて出会ったのがカイロプラクティックの治療院でした。
そこでは首を触るなり「あーこれやね」と首をパキッと調整してくれたのでした。
するとあれだけだるかったのが解消!!
何よりそのだるさの原因を見つけてくれた事と「今までしんどかったな」の一言に感動したことを憶えています。
その後、中学・高校・大学の間、10年間ソフトテニスをしており(ぼちぼちの成績は残しています)、たびたび故障をしていました。時には背中や首が痛くなり、中には腰が痛くて歩くだけではなく寝返りもできない時もありました。そのたびにカイロプラクティック院で診てもらっていました。今思えば、かなり体に無理をさせていたのと、身体の使い方が上手でなかったと思います。何より、コンディション調整やトレーニング方法を知らなさすぎたと思います。
そんなことがたびたび続き、故障や痛みの度に症状の解消をしてくれるカイロプラクティックに対する憧れがいつの日からか出てきました。
大学を選択する際も、競技としてソフトテニスを続けたいということもありましたが、身体の事とスポーツについて学べる体育大学を選びました。
しかし、大学卒業後はその道に進む勇気もなく、就職し何年か経った時にある出来事が起きたのでした。
私の母が、腰が痛くて動けなくなったのです。
近所の整形外科で診てもらい、骨には異常はなく、しばらくすれば治るということで、鎮痛薬をもらい様子を見ることになりました。
しかし結果的には2週間程でましにはなりましたが完全には治りきらず、その間家の機能はストップ…これには参りました。
しかし何より私自身が、母の「痛い・動けない」に対して何もできないことを悔しく思いました。
ちょうど私の職場環境も変わったこともあり、思い切って仕事を辞めてカイロプラクティックの学校に進学することを決意しました。
その間、学校だけでなくさまざまな勉強会にも参加し、知識・技術の向上に努めました。
また学生時代には、同じ志を持った大切な仲間・今後の私自身の方向性を示してくれた偉大な先生との出会いがあり、本当に恵まれていました。
卒業後は大阪の整骨院で約2年間、様々な症例の経験を積み、今では私の小学校時代の首のレントゲン写真を見ると「あーこれが原因か!!」とわかるようにもなりました。
そして2008年6月こうして生まれ育ったこの地で「より元気になってもらいたい」という思いから名
付けたエナジープラス カイロプラクティック院を開院することができました。私と同じような経験・症状・辛さを持った方々に対し、少しでもお役にたてるよう努力を惜しまず、日々精進をしていきます。
まだスタート地点に立った段階ですが、発展拡大、質の向上と共に気楽に来院できるフレンドリーな地域No.1施術院を目指しますので、どうぞ末永くご愛顧よろしくお願いします。

エナジープラス カイロプラクティック院
院長 山元正治
経歴
1976年5月生まれ
1992-95年 県立草津東高校 卒業
1995-99年 大阪体育大学 体育学部 卒業
1999-04年 医療サービス業 勤務
2004-06年 日本カイロプラクティックドクター専門学院 卒業
2006-08年 大阪の整骨院 勤務
2008年6月 エナジープラス カイロプラクティック院 開院
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