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施術者紹介

 エナジープラス カイロプラクティック院 院長 山元 正治(やまもと しょうじ)

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経歴

B_1181x17481976年5月生まれ 滋賀県草津市出身
1995年   県立草津東高校 卒業
1999年   大阪体育大学 体育学部 卒業
2004年   医療サービス業 勤務
2006年   日本カイロプラクティックドクター専門学院 卒業
2006年~   整骨院 勤務
2008年6月   エナジープラス カイロプラクティック院 開院

院長である私がこの道に進むきっかけや背景など、エナジープラス カイロプラクティック院の誕生から現在までのストーリーです。略してe(エナジー)p(プラス)c(カイロプラクティック院)ストーリーです。

 

感謝

私の夢を応援し温かく支えてくれている妻、転職してこの業界へ進むことを応援してくれた私の両親、妻の両親に感謝しています。

 

きっかけ1 自身のトラブル

私がカイロプラクティックの道へと進んだ一番の理由は、私自身の小学生時代の出来事に由来します。当時、何をしたのか憶えていませんが、ある日から「首がだるくてつらく、その為に首を動かさずにじっとしていられない」状態になりました。

心配した両親が、整形外科・接骨院・整体等連れて行ってくれましたが、どれも効果はなし。また原因もわからず、さらには整形外科では「そんなもんは癖みたいもの、やめさせなさい、首の固定でもするか!」ときつい口調で言われたことを憶えています。そんなことを言われても首がだるくつらい…という日々を過ごしていました。

 

カイロプラクティックとの出会い

いつまでたっても首のつらさは変わらず…そんな時に母が人の紹介で連れて行ってくれて出会ったのがカイロプラクティックでした。そこでは首を触るなり「あーこれやね」と確認し、首や骨盤をパキッと調整してくれたのでした。するとあれだけだるくつらかった首がスッキリ解消!!何より、だるさの原因を見つけ理解してくれた事と「今までしんどかったな」の一言に感動したことを憶えています。

 

あこがれ

その後、数回通いつらかった首の症状は解消し、問題なく過ごすことができました。ただ中学・高校・大学と約10年間ソフトテニスをしており、様々な部分をたびたび故障。時には背中や首が痛くなり、時には腰が痛く足もシビレて歩くだけではなく寝返りもできない時もありました。そのたびにカイロプラクティック院でみてもらい、症状は解消。そのおかげで選手として競技を続けることができました。

高校時代には学業そっちのけでクラブに没頭し続ける日々を過ごし、その結果インターハイ出場や国体選手に選ばれるなど貴重な経験ができました。その反面周りとの価値観が違っていた為、かなり浮いた存在だったと思います。

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富山インターハイ

体を酷使し続ける日々が続き、その度カイロプラクティックを受けているうちに、いつの日からか痛みやトラブルの度に、なんとかしてくれる「カイロプラクティック」に対する憧れが出てきました。

 

進路と迷い

高校卒業後の進路決定の際、私としてはそのままカイロプラクティックの道へと進みたいと思っていましたが、両親のアドバイスもあり大学への進学を決意。

同じ行くなら、身体の事とスポーツの事を学べ、なおかつ競技としてソフトテニスを続けたいと思い、大阪体育大学を選択しました。大学期間中はほぼクラブ中心の生活でしたが、その中でも大阪での一人暮らし、数種のアルバイト、教育実習など様々な経験をしました。教師という選択肢は実習を経験してなくなりました(笑)

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教育実習

クラブにおいては高校では県内でそこそこの結果を残せていましたので意気揚々と乗り込みましたが、見事に打ち砕かれ、今までに経験したことのない上下関係の厳しさと挫折感を味わいました。派手な成績は残すことが出来ませんでしたが、充実したクラブでの活動をしました。それらは私の基礎となっている気がします。

そのような大学生活を過ごし、今後の事を考えていくうちに本来の夢「カイロプラクティック」の道に進む勢いと勇気が知らぬ間にうすれていきました。そのまま迷いが残り、また何をしていきたいのかよくわからないまま地元の滋賀で就職しました。

 

きっかけ2 後押し

就職し何年か経った時にある出来事が起きました。ある日突然に私の母が、腰が痛くて動けなくなったのです。近所の整形外科で診てもらい骨には異常はなく、しばらくすれば治るということで、鎮痛薬をもらい様子を見ることになりました。以前私が連れて行ってもらっていたカイロプラクティック院はなくなっており、また母がボキッとされるのが怖いということで安静状態を続けていました。結果的に2週間程でましにはなりましたが完全には治りきらず、その間家の機能はストップ…これには参りました。

しかし何より私自身が、母の「痛い・動けない」に対して何もできない無力さを悔しく思いました

そのころ私の職場での環境も変わり今後の先行きを考えるうちに、本来の夢であるカイロプラクティックの道へ進みたいという思いがわき出てきました。ただその時には結婚もしており、仕事も辞めて全く保証もない道へ進む不安もありましたが、その際に私の両親・妻の両親・何よりも妻が何も言わずに応援してくれた事もあり、迷わずにカイロプラクティックの学校へと進学することを決意しました。

 

学びと出会い

カイロプラクティックの学生時代には妻に支えてもらいながら朝6時からのアルバイト、昼からは慣れない電車で大阪の学校へという生活を続けました。その間、本場アメリカのカイロプラクティック大学での研修にも参加して、人体解剖など貴重な体験をしました。

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サンフランシスコのカイロプラクティック大学内と町

story (8)解剖実習の終了証

学生時代には学校だけでなく外部のさまざまな講習会に参加して視野を広げ知識・技術の向上に努めました。また同じ志を持った仲間・なによりも今後の方向性を示してくれた偉大な先生との出会いがあり、本当に恵まれていました。

卒業後は今後の事を考えた結果、大阪の整骨院へ就職。約2年間様々な症例の経験を積み、今まで以上に講習会へ参加しさらに知識・技術の向上に努めました。私の小学校時代の首のレントゲン写真や腰のレントゲン写真を見ると「あーこれが原因か!!」とわかるようにもなりました。

レントゲン写真小学生時代の首のレントゲン写真

首のカーブが無いストレートネック(クレーンネック)の状態でした

20160130 加工

腰のレントゲン写真ですが、腰椎分離症にもなっていました。

 

思い

そして2008年6月、少し遠回りをした気がしますが生まれ育ったこの地で「元気になれる場所」という思いから名付けたエナジープラス カイロプラクティック院をオープンすることができました。

2008年6月の開院 家族そろって

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2013年には娘が誕生。結婚して10年目に授かった大切な命。今となればいい経験ですが、西洋医学的には特に問題なかった我々夫婦が、どうすれば子供が授かるのだろうか?と現代医学を始め、様々な知識・施術方法を実体験を元に学ぶ事もできました。

これら今までの私と同じような経験・症状・辛さを持った方々に対し、少しでもお役にたてるよう努力を惜しまず、日々精進をしていきます。(知識・技術・人間力の向上を目指し、開院以来年間200冊以上の読書・年間20回ほどの東京、大阪への講習会の参加を続けております)

まだ開業して10年に満たないスタート地点の段階ですが、「ここに来れば元気になれる」と言っていただけるよう発展拡大、質の向上と共に気楽に来院できるフレンドリーな地域No.1施術院を目指しますので、どうぞ末永くご愛顧よろしくお願いします。

ご覧いただいているあなた様とご縁ができることを楽しみにしております

 

どんな人物かもっと知りたい方は、プライベート写真館・ブログも合わせてどうぞ

プライベート写真館

ブログ エナジープラス~自然治癒力向上blog~

 

 

受付

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家族(母と妻)が手伝ってくれています
(注)2013年5月より常時受付にはおりません

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